狂った世界でやりたい事はただ一つ



朝起きて一枚多めに着ていくか否か毎日悩む気候ですが、わたし、この所、聴く音楽だけは固定でバッチリ決まっとります。なおかつこの何となくだる~い季節にピッタリ。最近毎日聽いてるのがキップ・ハンラハン”Make Love 2″という曲。ジャケットちょっと怖いですけど。

キップ・ハンラハンって90~2000年代の雑誌やディスクガイドだと、クラブジャズ的な文脈でも名前が挙ったりしてるけど、近年は寡作なせいか、人に話しても「ハンハラン?ハンラハン?誰?」(全裸じゃなくて半裸!と覚えましょう)と言われることが多い気がします。ウェブだと日本語でのまとまった情報なども少ない。

自分は人にパッと説明したい時はとりあえず「ビル・ラズウェルとかジョン・ゾーンとか、ああいう異業種からいろんな人を引っ張り込んでくるタイプの、ニューヨーク・アンダーグラウンドのプロデューサーで、菊地成孔がペペでカバーしてる(“カラヴァッジオ”『戦前と戦後』し、Nujabessとかもサンプリングしてるよ」などと言っています。


”Make Love 2″はキップの85年のアルバム『Vertical’s Currency』に入っており、ボーカルはこの時代のキップのアルバムには欠かせない盟友にして元クリームのジャック・ブルースが歌っているのですが、そもそもジャック・ブルースの83年のソロアルバム『Automatic』に収録されている曲なので、キップのアルバムのバージョンはセルフカバー的な意味合いもある……と思うのですが、この辺り詳しい人がいたら教えて欲しい。

こちらが原曲。ゲートリヴァーブたっぷりの重たいドラムに名機フェアライトCMIを使い倒したキンキンの80’sサウンドによるデジタル・レゲエ風、チルウェイブの原点のような……というかWashed Out”Belong”のアレンジってこれが元ネタじゃないのかなーと思います。

で、どっちのバージョンもそれぞれアレンジもサウンドもいいんですけど、歌詞がまたいいんです。こちらに英語での歌詞が載ってるんで、以下拙訳。かなり自分の意訳もありますが……。

他人ばかりの街で炎が上がり
飛行機が頭の上に落ちてくる
毎日震えながらただ夢を見ている
あなたと愛し合いたい

悲しいニュースはそこら中で燃え盛り
雪の上を子ども達が裸足で逃げ去る
狂わずにはいられない日々に追われている
あなたと愛し合いたい

見たくもない写真ばかり目に入る
心だけは誰にも見せないようにする
狂った世界でやりたい事はただ一つ
あなたと愛し合いたい

その瞬間が頭の中を駆け巡る
ベッドであなたの腕に触れる
狂った世界でやりたい事はただ一つ
あなたと愛し合いたい

あなたがそばにいて欲しい
そうでなければ耐えられない
あなたもそうであって欲しい

誰もが力を欲している
兵士たちは全てを奪い去っていく
そして時間だけが過ぎる
あなたと愛し合いたい

う~ん、うっとりしますね~。作詞はジャック・ブルースでキップが書いてる訳じゃないんですが、ジャックもキップも共通して、厳しい労働者階級の移民の子として育っているので、思想的にも結び合う所があったのだと思います。

キップは1954年生まれで、アイルランド人とユダヤ人の両親のもとにニューヨークはブロンクス西部にて、ラテン系のコミュニティとその音楽を身近に感じながら育ったそうです。ウズベキスタンはサマルカンド出身の母方の祖父の影響が強く(超正統派のユダヤ教徒かつトロキツストの多い土地らしく、ハンラハンは祖父を「冷笑的ロシア人共産主義者」と評している)労働者階級の子どもたちのためのアートスクールに通い、青年期には映像を学び、ジョナス・メカスやゴダールの下で働いてたとか。つい先日亡くなったジャズ・ピアニストのカーラ・ブレイらが立ち上げた音楽レーベルで働き始め、徐々にミュージシャン~プロデューサーとして、水面下でじわじわと人脈を広げる。

1980年には、マフィアから借金をしてレーベル「アメリカン・クラーヴェ」を立ち上げ、テオ・マセロやDNA(凄い振れ幅)の作品をリリースし、81年には自らの初リーダー・アルバム『Coup De Tête』をリリース。以降アート・リンゼイ、アントン・フィアー、ジャック・ブルース、スティング(!)、ジェリー・ゴンザレス、アストル・ピアソラなどジャンルを問わないメンツを一同に集わせ、ミュージシャン≒プレイヤーというより「場(シーン)」を作る映画監督のようなポジションで多くの作品をリリースしております。

アルバム『Coup De Tête』

前述の通りキップはブロンクス出身で、世代で言うとグランドマスター・フラッシュやバンバータと同じなので、ヒップホップの誕生から揺籃期をそう遠からず見ていたと思うのですが、80年代以降のヒップホップの超・商業主義な発展についてはおそらく興味がない、どころか明確に敵視していたのではないかとすら思う……同時代のポップスについてもマドンナなんかを例に「俺たちには全く無縁の、手の届かないお金の推移、金銭の流れが聞こえる。実に美しく、実にたくさんの金がキラキラ光りながら流れていくのが見える」とぶった切ってるし。ヒップホップやMTVポップスの華やかなりし80年代ミュージック・ビジネスに背を向けて、こういう過剰にポリティカルかつペシミスティックな音楽を作ってたのが、シビれますねー。

キップ・ハンラハンについては日本では批評家の平井玄がたびたびその出自・思想的な背景も含め紹介していて、『千のムジカ』『引き裂かれた声』などいくつかの著作でハンラハンについて割いた章があるようです(未読)。このブログも『シンコペーション ラティーノ/カリビアンの文化実践』という本に収録された「クラーヴェと録音機を持った男 キップ・ハンラハンのウエスト・ブロンクス」を参照して書いてます。

平井玄といえば最近だと盟友・坂本龍一への追悼文なども良かったですけど、坂本龍一ってキップ・ハンラハンに言及したことあったっけ?絶対聴いてはいただろうし、アート・リンゼイはもちろん、『ビューティ』のミルトン・カルドナとか、キップのネットワークにいるプレイヤーとはたびたび共演していただろうけど。

しかし改めて”Make Love 2″の歌詞が素晴らしい。凄まじい厭世観の中にひと粒だけの希望がきらめく……でも一歩間違うとこういうのも「セカイ系」みたいに思われちゃうんでしょうか?ちゃんと「社会」が描かれてるセカイ系にぞくっと来るんですけど、そもそも社会が描かれてたらセカイ系じゃないですよね。でも多かれ少なかれ「セカイ系」にならないと歌(歌詞)なんて書けなくない?というのが最近考えてることです。狂ったセカイでやりたいことはただ一つ……(〆)

<CMの時間>

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