12/某
栗金商店で買い物。掃除してたら千鳥格子のジャケットが出てきたので、じゃあ同じ模様のパンツをどこかで調達しようかな、と思ってた所で、ちょうど栗金の店頭にて、ほどよく暖かそうでこの時期良さげなものが売ってあったので購入。店主のTaishijiとひたすら談笑。毎度のことながら菊地成孔、ムーディーマン、ECD、マイルス・デイヴィス、大体この4人の話の話を延々繰り返す。たまにトーフビーツやキップ・ハンラハン、ジョージ秋山やつげ義春の名前が出てくる場合もある。私の20代の師である浜吉さんも香川から去って、ぼやきベースかつカルチャー的な話がガッツリ喋れる人が地元にかなり減ってきてるので、Taishijiの存在はありがたい。
友達、ひいては「茶飲み話」のできる関係、というのは大人になってから作るのは難しい。バンドなりDJなりやってると知り合いは増えていくが、週末にそういう場に行けば会うから喋る関係と、平日でもフワッと会ってダラダラ喋れる関係とでは、かなり意味合いが違う。今後の人生で友達って何人増えるんだろうかとよく考える。ゆらゆら帝国の「別に仲間なんて一人か二人いればたくさんだぜ」という歌詞がよぎるが、そういう気持ちもわかる気がする。

12/某
まだ確定ではないけど仕事の見積もり的なものを求められ、しかもあんまりやったことないケースの発注内容だったので、仲介してくれた人や、知り合いのミュージシャンと相談してから、うーむと考え込んだ後まあいいやとメール送信。
自分で自分のやってることに値段を付けるのはいつでも難しい。社会における自分の立ってる場所を測定するような作業だからだと思う。元々はそういう作業から遠ざかるために音楽とか作り始めたような気もするけど、もうそんな当初の思いはボヤッとしていて思い出せない。入江さんの名曲『教えて』の「せっかくここまで来たって言うのに/音楽とかなら適当にやれそうな気がしてたのに」という大・名フレーズという歌詞がよぎる。私は毎日、歌詞がよぎってるだけで日が暮れてるだけの男。
12/某
めちゃくちゃ寒いし、普通の平日だけど、何となく呑みに出かける。カウンター席で横にいた男が同席している女の子に何か恋愛遍歴のようなものを語っていて「メンヘラの女、あれだけはダメだね!俺もま~昔一週間だけ付き合ったけど、無理だったわ」「何がメンヘラなの?」「すーぐ束縛してくる!返事しないとキレる。だるかったぁ」などと会話していて、しかも自分と同い年の男だったので、なんやねんという気持ちになった。基本的に生きてて「メンヘラ」とか「セクハラ」とか「スペオキ」とか、四文字で略された言葉をなるべく使いたくない。あらゆる言葉の、四文字で略された瞬間に発生するあのみっともなさは何なんでしょうか?まあそう言いながら自分も絶対生活上そういう言葉使ってるんですが。
で、何となく腹立って深夜仕事終わりのダンくんと合流し更に呑む。行った先の店の人から「◯◯町のクリーニング屋に女優さんみたいな綺麗な子が働いてて、その辺に住む男たちが皆汚れたワイシャツを抱えてクリーニング屋の前に行列を作ってた」という話を聞いてめちゃくちゃ笑った。酒の席ではこういう話てゲラゲラ笑っていたい。
